「辞めるなら損害賠償・違約金を払え」と言われたら|払う前に確認したい5つの場面と返信の文例

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退職を伝えた翌日、上司から「辞めるなら損害賠償を請求する」「入社時にかかった費用を全額返してもらう」と言われると、頭が真っ白になります。結論から言うと、「1年未満で辞めたら罰金10万円」のように、辞めたときの金額をあらかじめ決めておくことは、労働基準法第16条で禁止されています。その場でうなずいたり、口頭で「わかりました」と答えたりする必要はありません。

ただし、条文は「実際に発生した損害の賠償を求めること」までは禁止していません。つまり「会社が何を言ってきても払わなくていい」とも、「脅されたら払うしかない」とも言えません。大事なのは、その請求が「あらかじめ決めた金額」なのか「実際の損害の話」なのかを切り分けて、返事を書面に残す順番を守ることです。この記事では、よくある5つの場面ごとに、確認することと返信の文例を並べます。

※本記事の事例は、実際の相談事例を基に、個人や会社が特定されないよう一部を脚色・再構成したものです。

なお、ここで書くのは一般的な整理です。契約書の文言や金額の出し方で結論が変わるため、「これは違法です」「払わなくて済みます」と断定するものではありません。

先に押さえる:労基法16条と「実際の損害」の線引き

厚生労働省の北海道労働局が出しているパンフレットには、賠償予定の禁止(労働基準法第16条)について、次の趣旨の説明があります。

  • 労働契約の不履行について、違約金を定めたり、損害賠償額を予定したりする契約は禁止されている
  • たとえば「1年未満で会社を退職したときは、ペナルティとして罰金10万円」「会社の備品を壊したら1万円」とあらかじめ決めていても、それに従う必要はない
  • ただし、実際の損害とは無関係に金額を前もって決めることを禁じるものなので、労働者が故意や重大な不注意で現実に会社へ大きな損害を与えた場合に、損害賠償請求を免れるわけではない

出典は 厚生労働省 北海道労働局のパンフレット(PDF)です。同じ資料には、働くことを条件にお金を前貸しして、毎月の給料から一方的に天引きしたり、辞めるときに一度に全額を返させたりすることも禁止されている(労働基準法第17条)、という説明もあります。

つまり線引きは次の2本です。

  • 「辞めたらいくら」と先に決めてある請求:16条の問題になる可能性がある
  • 実際に起きた損害を、後から具体的に示して求める請求:禁止されていないが、会社が「損害が出た」と言うだけで認められるわけではなく、金額の根拠と、本人にどこまで責任があるかが問われる

以下の5つの場面は、この2本のどちらに近いかを見分けるための練習問題として読んでください。

場面1:「1年未満で辞めたら違約金」と書いた誓約書にサインしていたら、払うしかない?

確認すること

入社時に渡された書類を探します。就業規則、雇用契約書、入社時の誓約書、研修の同意書のどれかに「〇か月以内に退職した場合は〇円を支払う」という一文がないかを見ます。見つかったら、文言を一字一句そのままスマホで撮影しておきます。

考え方

退職という契約の終わり方に対して、金額があらかじめ決まっているなら、上のパンフレットが挙げている「罰金10万円」の例と同じ形です。署名や押印があっても、それだけで払う義務が生まれると決まるわけではありません。ここで自己判断して「払います」と書面に書かないでください。署名してしまうと、あとで「合意した」と言われる材料になります。

返信の文例(メール)

口頭で言われたなら、その日のうちにメールで確認の形にします。感情的な言葉は入れず、事実だけにします。

  • 件名:退職の申し出に関する確認(〇〇部 山田)
  • 本文:お疲れさまです。本日〇時ごろ、〇〇課長より、退職する場合は違約金が発生するとのご説明がありました。該当する規定や書類がございましたら、条項と金額の計算根拠を書面でお示しください。内容を確認のうえ、改めてご連絡いたします。なお、退職の意思に変わりはありません。

「払う」「払わない」はこの段階では書きません。根拠の提示を求めるだけにとどめるのが、後で動きやすい書き方です。

よくある行き違い

「署名したのだから、もう払うしかない」と思い込んでいる人は多いのですが、署名の有無だけで結論が決まるとは限りません。たとえば入社初日に、他の書類の束と一緒に「誓約書」へ署名した場合、その条項がどんな意味を持つかは、金額の決め方、文言、署名に至った経緯などを合わせて見る必要があります。書いた覚えがない、コピーをもらっていない、というときは、会社に「署名した書類のコピーをいただけますか」と頼んでかまいません。断られたら、断られた日時と相手の名前をメモに残します。

会社が示してきた金額が「月給の何割」「1年分の研修費の一部」のように、実際にかかった費用と離れた数字になっていないかも見ます。計算の根拠を出せない請求は、場面3で書くように「具体的に示してください」と返すところから始めます。

場面2:研修費・資格取得費・道具代を「全額返せ」と言われたら、払うべき?

確認すること

美容師の講習費、運転手の免許取得費、介護の資格費用など、会社が立て替えた費用の返還を求められるケースです。次の3点を整理します。

  • 返還の条件が、入社前の書面(同意書や貸付契約書)で決まっていたか
  • 「一定期間働けば返さなくてよい」という形になっていないか
  • その費用は、業務に必要で、会社が受講を指示したものか(本人の希望で任意に受けたものか)

考え方

「一定期間働けば免除、辞めれば返還」という仕組みは、実質的に退職へのペナルティとして働いていないかが問題になります。一方で、純粋な貸し借りとして整理されている場合もあり、書面の中身と実態で判断が分かれます。ここは自分で白黒をつけにくい部分です。契約書と、費用の領収書、受講を指示された経緯のメッセージを揃えて、専門家に見てもらう価値が高い場面です。

前借りを給料から一方的に天引きされる、辞める月に最後の給料から全額引かれる、といった動きがあれば、先ほどの労基法第17条との関係も確認が必要です。引かれた金額は、給与明細で必ず控えておきます。

実際にあったケース:入社1年未満で辞めようとして「講習費とハサミ代50万円」を請求された

20代前半の美容室アシスタントのAさんは、薄給と長時間労働で入社1年たたないうちに辞めようと考えました。ところが店長から「講習費とハサミ代の50万円を一括で返せ」と言われます。Aさんは、返還の約束をした書面の記憶が曖昧なまま、強い口調に押されて黙ってしまいました。

その後、Aさんは弁護士に依頼しました。弁護士は、辞めることを理由に金額を決めて返還を求める形は労基法第16条(賠償予定の禁止)の問題になりうる、という立場で会社に通知し、請求は退けられて退職できた、という流れです。ただし、結果は契約内容や証拠の状況で変わります。同じ請求を受けた人が必ず同じ結果になるわけではありません。

この例で見てほしいのは、Aさんが最初にやったことが「払う」でも「無視」でもなく、請求の内容を書面にしてもらい、交渉を本人以外に切り替えた点です。

場面3:「現場に穴をあけた損害を払え」と言われたら、どう返せばいい?

確認すること

「あなたが急に辞めたせいで売上が落ちた」「代わりの人の残業代を払え」といった、実際の損害の話に見える請求です。こちらは場面1・2と違い、金額が事前に決まっているわけではないため、16条だけでは片づきません。確認するのは次の4つです。

  • 退職の伝え方:書面やメールで、いつ・誰に伝えたか記録が残っているか
  • 引き継ぎ:引き継ぎ資料を作った、後任に説明した、といった事実があるか
  • 会社側の事情:人手不足、長時間労働、ハラスメントなど、辞める原因が会社の側にないか
  • 請求の根拠:損害額の計算、何がどの程度あなたの行為によるものか、会社が示せているか

考え方

退職したというだけで、会社に支払う義務が自動的に生じるわけではありません。会社が言う「損害」が、本当に本人の責任で生じたと説明できるかどうかが分かれ目です。ハラスメントや長時間労働が原因で辞める場合は、その証拠が、そのまま反論の材料になります。LINEやメールの残し方は、LINE・DMをハラスメントの証拠として残すコツにまとめています。

返信の文例

  • 本文:ご連絡ありがとうございます。損害賠償のご請求とのことですが、具体的な損害の内容、金額、算定の根拠を書面でご提示ください。退職までの引き継ぎは、〇月〇日に作成した資料のとおり進めております。

相手の言い分に反論しすぎず、「具体的に示してください」と返すのがポイントです。示せない請求であれば、そこで勢いが止まることも少なくありません。

返信を送ったあとに、会社から電話が来ることもあります。そのときは「内容を正確に残したいので、メールでお願いします」と伝えて切ります。相手が一方的にまくしたてても、その場で金額や支払いの話に入る必要はありません。通話の日時と、言われた内容は、切ったあとすぐにメモにします。たとえば「10月21日 14時10分 課長から電話。『損害は200万円になる』と発言。根拠は説明なし」のように、数字や言葉をそのまま書いておくと、あとで書面を見てもらうときに役立ちます。

場面4:実家や取引先に連絡がいきそうなとき、どうすればいい?

確認すること

「実家に請求書を送る」「親の職場に連絡する」と言われる、あるいは実際に電話が入る場面です。まず、いつ・誰から・どんな内容の連絡があったかを、日時つきで記録します。家族から聞いた話も、家族に頼んでメモにしてもらいます。

考え方

損害賠償の話は、本来、会社と本人のあいだの話です。家族への連絡を繰り返す、勤務先の取引先に悪い噂を流す、といった動きがあれば、請求の中身とは別の問題として扱う余地が出てきます。ただ、これも状況の細部で判断が変わるため、断定はできません。ここまで来たら、一人で返信を続けず、連絡の窓口を切り替えたほうがよい段階です。

家族には、次のように伝えておくと、慌てた対応を避けやすくなります。

  • 「会社から連絡があっても、内容に答えたり、お金の話に応じたりしないで。『本人に伝えます』とだけ言って、日時と相手の名前をメモしてほしい」

場面5:面談で「その場で」サインを求められたら、断ってもいい?

確認すること

退職の面談で、「念書」「誓約書」「退職合意書」にその場でサインするよう求められる場面です。内容に、金額の支払い、秘密保持、競業の制限、「今後一切請求しない」といった文言が入っていないかを見ます。

考え方

署名は、あとで「自分で同意した」という材料になります。その場で署名する義務はありません。「持ち帰って確認します」と言って、写真を撮るか、コピーをもらいます。コピーを渡されないなら、その事実もメールで残します。

口頭での断り方

  • 「内容を確認したいので、持ち帰って、明日までにお返事します」
  • 「コピーをいただけますか。いただけない場合は、その旨をあとでメールで確認します」

面談の内容は、帰ってすぐにメモにします。日時、同席者、言われた言葉、渡された書類の名前を書いておきます。

「サインしないと退職日を認めない」「サインしないと離職票を出さない」と言われることもあります。その場の空気では逆らいにくいのですが、書類の持ち帰りを頼むこと自体は、不当な要求ではありません。言われたとおりの言葉をメモし、翌日に次のようなメールを送っておくと、あとで経緯を説明しやすくなります。

  • 本文:昨日の面談でお渡しいただいた書類について、内容を確認しております。〇月〇日までに、署名の可否をご連絡します。確認のため、書類のコピーをお送りください。

署名する、しないを決める前に、書類の写真を弁護士や労働局の窓口に見せられる状態にしておくと安心です。

今日から1か月の動き方

今日

  • 就業規則、雇用契約書、誓約書、研修の同意書を探して撮影する
  • 言われた言葉をメモにする(日時、場所、相手、そのままの言葉)
  • 書面へのサインと、お金の支払いの約束はしない

数日以内

1週間以内

  • 会社から請求書や通知が届いたら、封筒ごと保管する
  • 金額と根拠が書かれた書面を、弁護士や労働基準監督署の総合労働相談コーナーなどに見せて相談する

1か月以内

  • 最終給与の明細で、不明な天引きがないか確認する
  • 離職票や源泉徴収票など、退職後に必要な書類が届くかを確認する

やりがちな注意点

  1. その場で「払います」と言う、書く:いったん払う約束をすると、後から覆すのが難しくなります。「確認して返事します」で止めます
  2. 無視して連絡を絶つ:根拠のない請求でも、完全に無視すると、会社が「連絡が取れない」を理由に話を進めることがあります。返信は短く、書面で、根拠を求める形にします
  3. 相手の電話に出続ける:口頭のやり取りは記録が残りません。電話が来たら「メールで頂けますか」と返し、メールに切り替えます
  4. 「損害賠償は絶対にない」と決めつける:故意や重大な不注意で実際に損害を出したと言われる場面では、請求が成り立つ可能性もあります。冷静に事実を整理してから判断します
  5. 自分に非がないのに、責任を背負い込む:「迷惑をかけた」と感じる気持ちと、法的に払う義務があるかは別の話です。罪悪感だけで判断せず、書面と証拠で見ます

やることチェックリスト

  • 就業規則、雇用契約書、誓約書、同意書を探して撮影した
  • 言われた内容を、日時つきでメモにした
  • その場で署名しない、払う約束をしないと決めた
  • 金額の根拠を書面で求めるメールを送った
  • 家族に、会社から連絡があったときの答え方を伝えた
  • 請求書や通知は、封筒ごと保管している
  • 給与明細で、天引きの内訳を確認した
  • 弁護士や公的な相談窓口に見せる書類をひとつのフォルダにまとめた

一人で抱えきれないときの選択肢

損害賠償や違約金の話が出ると、「辞めたあとも何年も追われるのでは」と考えて、実際より重く受け止めてしまう人が少なくありません。請求の中身が「あらかじめ決めた金額」なのか「実際の損害」なのか、書面は有効なのか、本人にどこまで責任があるのかは、書類を見ないと判断できません。会社の担当者と直接やり取りを続けるのがつらいときは、弁護士への無料相談も選択肢です。窓口を本人から弁護士に切り替えれば、会社からの連絡を自分で受け続ける負担が減ります。

もちろん、相談したからといって請求が必ず退けられる、費用が必ずゼロになる、といった保証はできません。結果は契約内容や証拠の状況で変わります。それでも、書類をそろえて見てもらうだけで、「払う必要があるのか」「どこまで争えるのか」の見通しは立ちます。

まとめ

「辞めるなら払え」と言われたときの要点は、次の4つです。

  • 辞めたときの金額をあらかじめ決める契約は、労基法第16条で禁止されている。ただし、実際に発生した損害の請求までは禁止されていない
  • その場で署名しない、払う約束をしない。「根拠を書面でください」と返す
  • 書類、メモ、メール、給与明細を日時つきで残す。ハラスメントや長時間労働が原因なら、その証拠が反論の材料になる
  • 家族への連絡や、署名の強要まで出てきたら、窓口を本人から専門家に切り替える

明日の朝、出社前にまずやるのは、机の引き出しか書類フォルダから雇用契約書と誓約書を探して、スマホで撮ることです。請求の内容を確認する作業は、そこから始まります。