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退職代行を使うかどうかで迷っているなら、先に結論を言います。退職の意思を伝えるだけなら、誰が伝えても成り立ちます。ただし、退職日・有給・未払い賃金・損害賠償の話に入った時点で、交渉できるのは弁護士です。どの業者に頼むかより先に、「自分は何を会社に求めたいのか」を決めておくと、選び方がぶれません。
日曜の夜になると胃が重くなり、月曜の朝は駅のホームで足が止まる。上司の顔を思い浮かべるだけで、退職の「た」の字も口に出せない。そういう状態の人にとって、退職代行は現実的な選択肢のひとつです。一方で、「頼めば全部やってくれる」と思い込んで契約し、あとから会社とのやり取りで行き詰まる例もあります。
この記事では、退職代行を使う前に引っかかりやすい場面を5つ取り上げ、それぞれに答えます。使うと決めた人も、まだ迷っている人も、該当する場面から読んでください。
※本記事の事例は、実際の相談事例を基に、個人や会社が特定されないよう一部を脚色・再構成したものです。
先に押さえる前提:退職の意思は、法律上いつまでに伝えれば効力が出るのか
まず、退職そのもののルールを確認します。民法第627条第1項は、雇用の期間を定めなかったとき(いわゆる無期雇用)について、次のように定めています(e-Gov法令検索で確認)。
- 各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる
- 雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する
つまり、無期雇用であれば、会社の「承認」が条文上の要件になっているわけではありません。ただし、月給制など期間で報酬を決めている場合の扱いや、就業規則の「1か月前」との関係は、ケースによって見方が分かれます。この点は前に書いた退職は何日前に伝えればいい?「2週間」と就業規則の「1か月前」がぶつかるときの考え方で整理しています。有期雇用(契約期間が決まっている働き方)の場合は、期間の途中で辞められるかどうかの判断が変わるため、契約書の確認が先です。
退職の意思を「誰が」伝えるかについては、本人が伝える形でも、代理で伝える形でも、意思を会社に届けること自体はできます。問題は、その先の「条件のやり取り」です。以下の5つの場面は、ほぼすべてそこに関わります。
場面1:「退職代行を使うと、会社から本人に電話が来ますか?」
来る可能性は、あります。会社には「本人に連絡してはいけない」という法律上のルールがあるわけではありません。代行側が「ご本人への連絡は控えてください」と伝えても、会社がそれに従う義務までは、一般には確認できません。
実際には、次のような流れで連絡が来ることが多いと考えておくと、備えやすくなります。
- 代行から会社へ退職の連絡が入った当日〜翌日に、上司や人事が本人の携帯に電話をかける
- 電話に出ないと、LINEやメールで「一度話そう」「顔を出して手続きしてほしい」と連絡が続く
- 家族の連絡先に電話がかかることもある
対処は、「出ない」と決めるか、「出るなら短く切る」と決めておくかのどちらかです。出る場合の言い方は、これで足ります。
「退職の件は、すべてご連絡済みの窓口を通してお願いします。私からのお話は以上です。失礼します」
これ以上の説明や謝罪は不要です。引き止めの理由を聞き始めると、会話が長引き、断りにくくなります。着信履歴とメッセージは削除せず、スクリーンショットで残してください。しつこい連絡が続いた場合の記録として使えます。LINEの残し方はLINE・DMをハラスメントの証拠として残すコツに書いています。
家族に電話が行きそうな場合は、先に一言伝えておくと慌てずに済みます。「会社から電話があっても、退職の件は私が窓口に任せているから、詳しい話はしなくて大丈夫」。これだけで、家族が会社に事情を説明してしまう事態を減らせます。同居していない親や兄弟にも、LINEで同じ文面を送っておけば足ります。
契約前に、代行業者へ「会社から本人に連絡が来たとき、どう動いてくれるのか」を聞いておくのが確実です。「連絡が来たらこちらに転送してください」で終わるのか、会社に再度申し入れてくれるのか。ここは業者によって違います。
場面2:「有給を使い切りたい、残業代も払ってほしい。代行に頼めますか?」
ここが、いちばん引っかかりやすい場面です。
弁護士法第72条は、弁護士または弁護士法人でない者が、報酬を得る目的で、一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱うこと(またはその周旋)を業とすることを禁じています。ただし書きで、この法律または他の法律に別段の定めがある場合は除かれています(e-Gov法令検索で確認した内容です)。
何が「法律事務」にあたるかは個別に判断されるため、ここで線引きを断定することはできません。ただ、一般には次のように整理されることが多いです。
- 「本人は退職します」という意思を、そのまま伝える:使者としての連絡にとどまる、という見方が一般的
- 有給の消化日数や退職日を会社と調整する、未払い残業代の金額を話し合う:交渉にあたり、弁護士の業務とされやすい
つまり、「有給を全部使って辞めたい」「残業代を請求したい」という希望がある人が、交渉権限のない形のサービスを選ぶと、「伝えるところまでしかできません」と言われる場面が出てきます。会社が「有給は認めない」と返してきたとき、代行業者は反論できません。
有給をめぐるルールは、退職前の有給消化を断られたときの対処法|「忙しいから無理」と言われたらで詳しく書きました。有給を使いたい、金銭の請求もしたいという場合は、最初から弁護士に頼むほうが、あとで頼み直す手間が出ません。
たとえば、残りの有給が12日あり、月末付けで辞めたいとします。この場合、「月末までの勤務日をすべて有給にしたい」という希望そのものが、会社との調整事項になります。希望の日数と退職日をメモにして持っていけば、相談先に「何を調整してほしいのか」を一度で伝えられます。
確認の質問を、契約前に3つ用意しておくと役に立ちます。
- 運営しているのは、弁護士、弁護士法人、労働組合、民間企業のどれですか
- 有給消化や退職日について、会社と交渉してもらえますか
- 会社が応じなかった場合、そこから先は誰が対応しますか
労働組合が運営する形のサービスでは、組合として会社に団体交渉を申し入れる形が取られます。その範囲や適法性は実態によって評価が分かれるため、「労働組合だから大丈夫」と決めつけず、何をどこまでやるのかを書面で確認してください。
場面3:「会社から『損害賠償を請求する』『懲戒解雇にする』と言われたら?」
退職を伝えた直後に、会社がこう返してくることがあります。「急に辞めるなら損害賠償だ」「懲戒解雇にして、次の会社に連絡する」。受け取った側は、一気に怖くなります。
ここで押さえたいのは、こうした言葉と、実際にそれが通るかどうかは別ということです。ただ、実際に通るかどうかを個別に判断するには、契約内容、就業規則、これまでの経緯を見る必要があります。それを判断して会社に返答する作業は、典型的な法律事務です。
民間の代行業者が対応できる範囲を超えているため、業者に連絡しても「弁護士に相談してください」と案内されて終わることがあります。そのとき、すでに数万円を払っているのに状況が進まない、という状態になるのは避けたいところです。
会社から脅しのような連絡が来たときの、本人側の動きはこうです。
- 連絡の日時と内容を、そのまま残す(スクリーンショット、通話のメモ)
- 返信しない。返信が必要な場合も「窓口を通してください」の一文にとどめる
- 弁護士に、記録を見せて相談する
脅しの文面は、そのまま証拠になります。消さずに残してください。
電話で言われた場合は、切ったあとすぐに、日時・相手の名前・言われた言葉をメモに書きます。「10月17日 午後3時ごろ 上司のBさんから着信。『損害賠償を請求する』と言われた」くらいの短さで足ります。記憶が新しいうちの書きつけは、後から相談するときに、状況を正確に説明する材料になります。
場面4:「会社の貸与品(PC・制服・社員証)を返したいが、顔を合わせたくない」
退職代行を使う人が最後に詰まりやすいのが、物の返却です。ここで実際にあった事例を紹介します。
実際にあったケース:在宅勤務のPCを「今日中に持ってこい」と言われた30代
派遣で完全在宅のコールセンター業務をしていた30代のAさんは、職場の対応に限界を感じ、退職代行に連絡して退職の意思を伝えました。すると会社から、貸与していたPC(30万円相当とされていた)を「今日中に直接返しに来い。来ないなら横領で警察を呼ぶ」と言われたといいます。
Aさんはその場で動けなくなりました。会社に出向けば、顔を合わせて引き止めや叱責を受けるおそれがあります。かといって、出向かなければ警察と言われている。
弁護士が介入して、「貸与品を直接持ち込む法的義務はない」という立場で会社に連絡しました。そして、追跡できる宅配便で即日発送し、会社には弁護士名義で受領を確認する通知を出してもらう形に収まったそうです。Aさんは会社に行くことなく、返却を終えられました。
この事例は、結果を保証するものではありません。返却のやり方や会社の反応は、契約内容や、手元にある証拠の状況で変わります。ただ、「返す意思はあるが、方法は郵送にしたい」という形を、書面で会社に示す流れは参考になります。
貸与品を返すときの基本的な手順は次のとおりです。
- 返すものを一覧にして、写真を撮る(PC、充電器、社員証、鍵、制服など)
- 追跡番号つきの方法で送る(宅配便の「伝票控え」と追跡画面を残す)
- 送り状の品名欄や同封の書面に、送付物の内容を書く
- 送ったことを、メールまたは書面で会社に連絡する
同封する書面は、短くて足ります。
「貸与品を本日、追跡番号○○○○で発送しました。内容は、ノートPC1台、ACアダプタ1個、社員証1枚です。受領のご確認をお願いします」
私物が職場に残っている場合も、同じ方法で「着払いで送ってほしい」と依頼できます。返却を拒まれたときは、依頼した日時の記録が残っていることが助けになります。
場面5:「業者に払った費用は、あとで戻ってきますか?」
費用の話は、サービスの種類で大きく変わるはずですが、この記事では金額の相場を書きません。確かな公的な数字を確認できなかったためです。代わりに、契約前に見ておくポイントを挙げます。
- 料金に何が含まれているか(退職の連絡のみか、会社との交渉まで含むか)
- 会社が応じなかった場合に追加料金が発生するか
- 返金の条件(退職できなかった場合など)が、契約書や利用規約に書かれているか
- 申込み前に、運営主体の名前と所在地、連絡先が確認できるか
- 弁護士を紹介するという形の場合、紹介料が誰から誰に流れるのか、説明があるか
最後の点は、弁護士法に関わる論点があります。有償の弁護士紹介が問題になった報道もありますが、判決の内容などは、私が公的な資料で確認できたものではありません。ここでは「紹介の仕組みが不透明なサービスは避ける」という使い方にとどめます。弁護士に直接相談する形のほうが、お金の流れが単純で、確認もしやすくなります。
費用の面で迷うときは、「着手金・報酬金・実費がそれぞれいくらか」を、相談の場で見積もりとして出してもらってください。口頭の説明だけで進めず、書面かメールで残します。
それでも迷うとき:自分で伝える場合との比べ方
代行を使わず、自分で伝える方法もあります。上司と顔を合わせるのがつらいなら、メールや書面で退職届を送る形でも、意思は伝わります。日付を残したいときは、書面の控えと、送った記録(郵便の追跡番号など)を手元に置いてください。
自分で伝えるか、代行に頼むかは、次の問いで決めると整理しやすくなります。
- 会社の担当者と、メールでなら話せるか。電話や対面は本当に無理か
- 有給の消化や、未払いのお金など、条件のやり取りが必要か
- 会社から強い反発(損害賠償、懲戒、警察など)が出そうか
- 体調が悪く、連絡のやり取り自体が負担になっていないか
最初の2つが「はい、話せる」「いいえ、条件はない」なら、自分で書面を送る方法でも足ります。後ろの2つに当てはまるなら、代行や弁護士など、間に人が入る形を考えてください。体調がすでに崩れているときは、先に医療機関に行くことも視野に入れます。目安はハラスメントで心療内科・精神科に行くか迷ったときの目安にまとめています。
代行を使う前に決めておく3つの注意点
5つの場面を読んで、自分は何を優先したいかが見えてきたと思います。最後に、契約前の注意点を3つにまとめます。
注意点1:自分の希望を紙に書いておく
「いつ辞めたいか」「有給は何日残っているか」「請求したいお金はあるか」「返す物はあるか」。この4点をメモにします。希望が決まっていれば、サービスが自分に合うかを、短時間で判断できます。
注意点2:「退職できる」という言葉だけで選ばない
どのサービスにも「退職できます」と書いてありますが、退職の意思を伝えるだけなら、ほとんどの手段で同じです。差が出るのは、会社が反発したとき、お金の話が出たとき、貸与品や書類でもめたときです。そこで誰が動けるのかを確認してください。
注意点3:連絡と書類の記録を残す
代行とのやり取り、会社からの連絡、送った物の控え。後日トラブルになったときに、全部が材料になります。体調への影響が出ている場合は、その記録も残しておくと、あとで相談するときに説明しやすくなります。記録の取り方はハラスメントによる心身への影響をどう記録するかに書いています。
やることチェックリスト
- 無期雇用か有期雇用か、雇用契約書で確認する
- 残っている有給日数を、給与明細や勤怠システムで確認する
- 会社に返す物(PC、社員証、制服、鍵、書類)を一覧にする
- 未払いの残業代や、請求したいお金がないか、勤務記録を見直す
- 会社から連絡が来たときに言う一文を決めておく
- 代行業者の運営主体と、交渉の可否を、契約前に書面で確認する
- 費用に含まれる範囲と、追加料金の条件を確認する
- 会社からの連絡や脅しの文面は、削除せずスクリーンショットで残す
- 金銭や損害賠償の話が出たら、弁護士に相談する
まとめ
退職代行は、「退職の意思を伝える」ところまでなら、選択肢が広くあります。有給消化、未払い賃金、損害賠償、貸与品の返却など、会社とのやり取りが必要になる場面では、交渉できる立場かどうかで結果が変わります。弁護士法第72条は、弁護士でない者が報酬を得て法律事務を扱うことに制限をかけており、その線引きは個別の事情で判断されます。
契約前に、希望を紙に書き、運営主体と対応範囲を確認する。この2つだけでも、あとの行き違いは減らせます。会社から連絡が来ても、返す言葉は「窓口を通してください」の一文で足ります。
一人で抱えきれないとき、有給や未払い賃金も含めて整理したいときは、弁護士への無料相談も選択肢です。相談したからといって、その場で退職を決める必要はありません。状況を話して、何ができるかを聞くところから始められます。






